ソーシャルネットワークについて考えてみた

多くの人の捉え方や考え方、立ち居振る舞いなどを見てきた中での、あくまで私見として書いています。


昨年からたまにソーシャル・ネットワークについて考えていました。
Twitterでは有益な情報を発信し続ける人もいれば、
他愛も無い事をツイートする人もいたり、
事あるごとに誰かに食って掛かる人もいたり、
botを使ったツイートが続く人がいたり、
私のようにたまにしかツイートしない人がいたり、
孫さんのように多くの人とコミュニケーションをとりながら大きな影響力を与える人もいたり。


最近では今話題になっているFacebookについても、多くの人が色んな捉え方をしているのを見てきました。
・リアルな友人達とだけ使うべきだ。
・リアルな友人もネット上の友人もオープンに付き合うものだ。
・社会を変える程のインパクトを持つプラットフォームだ。
Facebookは最高の販促ツールだ。
・友人数が多いほどいい。
・数ばかり追いかけるのはどうだろうか。


これはTwitterについても同じような事がいえますが、正直、どの面もあるかな思います。
捉え方しだいでどうにでもなる。


Facebookの規約では、「1人で複数のアカウントは作ってはいけない」というものがあります。
それは、「全てのアカウントが実在する人物であり、Facebookは人と人のコミュニィである」という事を謳っているという事でもあると思います。
それって、実社会と同じですよね。


社会の中では、積極的により多くの人と会って、話していく人もいれば、
少人数で密にコミュニケーションをとっていく人もいます。


仕事一筋で営業をガンガン掛けていくような人もいるし、
仕事と趣味は完全に分けて、趣味に心血注いでいるような人もいる。


ボランティアのコミュニティを作る人もいれば、
ビジネスコミュニティを作る人もいる。


だから「Facebookはこう使うものだ!」とか、「Facebookではこう振舞うべきだ!」という事は無くて、その人が社会でどう周りの人と接していきたいのか、という基準で考えればいいのではないかと思います。


ここまで書いて、Facebookのページを覗いてみたら、Facebookの使い方に関してこんな事が書いてありました。

1.無差別に友達リクエストしない、受けない
Facebookは実際の知り合いや同僚、家族とオンライン上でもつながり、関係を深めるためのサービスです。ですので、無差別にリクエスト申請をしたりリクエストを受け付けるのは間違った使い方です。


2.会ったことのない人は友達から消そう
1つ目と同じ理由で、今まで会ったことのない人が友達リストにいる場合はたまに「友達を編集」を使って定期的に整理しましょう。


3.同姓同名の人と区別がつくように自分だと分かる顔写真を載せよう
Facebookの醍醐味は知り合いや同僚、家族や友達とつながることです。知り合いを見つけるための一番簡単な方法は、検索することです。ただ、同姓同名が多い中、どれが自分の知り合いなのか分からないことも多いのではないでしょうか? その問題を解消すべく、人に見つけ易く貰うために顔写真を載せましょう。


あれ、そうだったんですね。笑
私はもう少し緩い感じで、ネット上だけでの友人がいて、各自の判断で住所なども伝えていいという位置付けで考えていましたが、そうではないようです。


ですがここで個人的に感じたのは、実際に会う人というのは、物理的な制限がどうしても発生してきてしまうという事です。
ネットの強みの一つは、物理制限を超えられるという所でもあります。


友人からの紹介とか、海外のボランティア仲間、とか、いくらでも実際に会った事はないけれど、個人をオープンにした付き合いをしてもいい相手はいくらでもいると思います。
ナビゲーションとしては良いと思いますが、ルールとして「会った人とだけしかダメ」というのはどうなんでしょう??
(だからといって厳密にチェックしていたり、やめさせたりはしていないので、結果的に選んでいるのは利用者側ですが)


ただ、Facebookがこの意志をもっている事を考えると、プロフィールに正式な住所を載せたり電話番号を載せるというのも頷けますし、今後のサービスの展開についても見方が変わります。
よりFacebook上の友人との関連性が強くなってくるという事で、無闇に承認するというのは危険な気がします。


Facebookの話に寄ってしまいましたが、Twitterとはちょっと性質が違う事が分かりますね。
アカウント名はかなりの人が本名ではないし、複数アカウント持っている人も多い。


だからTwitter上では住所などは言わない。イメージで言うと、たくさんの人が周りにいる中で話しているのがTwitterで、具体的な話になると「では続きはメールで」と言って、公の場から離れての会話になります。


Facebookはどちらかというと、自宅や学校、友人の家などで話しているような感じでしょうか。
だから住所なんてその場で言うし、電話番号だって言える。


こう考えると、Facebookは狭く深く、Twitterなどは広く浅く、後は多くの人に何かを伝えたり教えたりするにはブログやHP、といった棲み分けになりそうです。


Facebookのファンページは、車で例えるとオーナーズクラブのようなもの?かな?
お互いがその車が好きで、それについて語り合う場。
メーカーからはファンであるオーナーに対して色んな情報や場を提供したりして優遇する。
そんな感じでしょうか。


今後、ソーシャル・ネットワークがどういったものになるかは、エジプトでのソーシャル・ネットワークの影響が非常に大きく働いている事からも少し伺えます。
人の集まり=意思の集まり、という大きな事例であって、国家や民主主義などという域にまで来ているようです。


少なくとも言える事は、まず使う事と、ネット上には既に実社会と同じような社会が形成され始めているという事だと思います。